第二次世界大戦直前のイギリスでのナチス観の変化 (山口周『ニュータイプの時代』から)
最初の書評だが、まさに「歴史」という本ではない。
ビジネス書であり、その中でも「自己啓発」に位置づけられる本である。
もっとも、著者の山口周は、この著作において、数々の歴史的事実を挙げて自説の根拠としており、歴史的事実への評価という点では歴史に関するといえるだろう。
同書において私が「へえ~」と思わず唸ったのは、同書第3章・ニュータイプの競争戦略・134~138頁で示されている第二次世界大戦直前におけるイギリスでのナチス観についてである。
第二次世界大戦直前まで、イギリス(及びその他西洋先進国)では、当時のナチスを、やがてやって来るソ連(共産主義)との戦いにおいて主導的な役割を担ってくれる国と考えていたようだ。
西欧の富裕層にとっては、自らの利権を本気で潰しにくるのは、資本家打倒を主張するソ連である。その点、ナチスは傲岸不遜であり、不快には感じるものの、やがて来る
「もっと悪くて強い敵」のことを考えれば致し方ない「必要悪」と捉えていたという。
(なお、それを示す著作として引用されているのが、ハイエクの『隷属への道』である。私は今まで『隷属への道』は経済学の本だと思っていたが、むしろ社会学や歴史学の本であることを初めて知った。)
しかしながら、時の大英帝国首相チャーチルが、開戦直前の演説において、ナチスを
「暴力に頼って侵略を繰り返す者」と定義し、それに対して「自由を信奉する私達の国を守り通すか、あるいは滅びるか」という選択をするべきという「ストーリー」を大英帝国の国民に示したことが、当時の大英帝国議会や国民の意識を変え、第二次世界大戦へと導いていった。
以上が同書において、示されているものである。
第二次世界大戦前のネビル・チェンバレン首相の対独融和政策は、批判の対象となることが多いが、それはそれで、根拠のある政策だったと思えた。
チャーチルによるイギリスの対独戦は、その結果(勝利)や上記のような大義(侵略者への対抗)から、現在までヒロイックに描かれることが多く、最近でも「ダンケルク」や「チャーチル」という映画が公開されている。
確かに、大英帝国を引っ張ったチャーチルの手腕は評価されるべきであるし、ナチスが残る世界が今よりも良い世界線になったとも思われない。
他方で、全体主義の社会主義国であるソ連が生き残り、半世紀近い冷戦が発生したことを考えれば、現実に発生した歴史が、ベストなものであったと断言できるわけでもない。
完全な後付けで考えれば、
第一次世界大戦後にヨーロッパは、莫大な賠償金を取らずに、ホーエンツォレルン家のドイツ帝国を存続させるといった方法で、ドイツの再建に力を貸し、ナチス化しない軍事大国化させるという方法が採れれば、上記のようなソ連への緩衝となった上、第2次世界大戦も起きないという方法がとれたかもしれない…
確か、同じようなことを、大橋武夫が著作で、「敵を愛せ」と書き、第二次世界大戦後に米国が大日本帝国を存続させることで、中国の共産化を防げたと主張していたとも思うが、ヨーロッパでも同様だったかもしれない。